アーカイブ:8 月, 2009

電気自動車きたる

2009/8/29 土曜日


コウノトリ支局に三菱の電気自動車「i‐MIEV」参上。それは路面を滑るように静かにやってきた。

虫と川のせせらぎしか聞こえてこない支局に、タイヤの音だけが響く。あとは、わずかに耳に触れる程度の電気モーターの音。
これで車が走るのかと思うほど、音が聞こえない。

排気ガスは一切出ない次世代型自動車、その場に居合わせた者全てが熱い感動のまなざしを向けている。

小ぶりながら、流れるようなフォルムが美しい。
車内を覗いてみると、その外観からは意外なほど広々とした室内空間が広がっていた。

運転席に乗り込み、イグニッションを回しエンジン(?)スタート。
「本当にこれでかかってるの?」と思わず口にする。
この車に乗る者が、異口同音に発する言葉だという。

アクセルを踏み込むと、スキーで雪上を滑りだすような静粛で滑らかな走り出し。タイヤが転がっていることすら忘れるような感覚に陥る。

一番興味があった加速性。
まったくストレスなく伸びやかな加速で、あっというまに60キロに達していた。相当、快適な走りである。

バッテリー残量が少なくなってきた際には、“電気を注入”するわけだが、これも意外に簡単。支局は家電用の100ボルト電源だが、200ボルトからの変換ケーブルを繋いで、電源に差し込むだけ。
数時間後には充電完了となる。

白山・坂口の閑静で緑が多い環境にはもってこいの車。
数年後には電気で走る自動車が増大するだろうと感じた。

【byく~に~】

短かった夏‥

2009/8/28 金曜日

朝晩すっかり涼しくなりました。

支局の夏も終わりを告げているようです。

冷夏のせいもあってか、今年、夏はあっという間に過ぎていきました。

短い夏の中で、印象に残っているのは、支局の縁側で食べた「しらやま西瓜」のおいしさでした。

せみの声を聞きながら、縁側に腰かけスイカをほおばる。

20年前の少年時代にタイムスリップしたような夏の日でした。

頭の中で、井上陽水のあの歌がめぐっています。

白山の夏は、いつの間にか日本人がどこかに忘れてきてしまった日本の夏でした。

支局でスイカ最高!

支局でスイカ最高!



by 堀記者とうまくやっているつもりでいる【奥】

時代の最先端

2009/8/22 土曜日

コウノトリ呼び戻す農法部会は今年1月に立ち上がったばかり。

でも、越前市の坂口小学校では3年前から「コウノトリがまいおりる田んぼ」づくりを行っている。

もちろん無農薬栽培。部会の先輩格だ。

先日同校で田んぼの生き物調査があった。

最初に向かったのは慣行農法の田んぼ。

除草剤の影響か草がほとんど生えてない。

当然、カエルなどの生き物も少ない。

「全然いないよ。面白くない」

児童たちは退屈な様子。

15分ほどして「まいおりる田んぼ」へ。

あぜを歩くたびに、カエルが田んぼへジャンプ。

バッタやドジョウ、メダカなど生き物がいっぱいだ。

「すげえ、やっぱ全然違うね」

子どもたちは大興奮。あちこちを走り回って生き物を探した。

 



 

生き物を見つけると最高の笑顔。

 



 

越前市エコビレッジ交流センターの指導員は

「ここは県環境基本計画の里地里山保全のモデル地域なんだよ。

すごいことなんだよ。みんなは時代の最先端なんだよ」

と子どもたちに話していた。

そうかもしれない。

進化する科学の恩恵を受けることが、時代の最先端だと

何となくそんなことを思ってきた自分は間違っていたのかもしれない。

最先端の彼らがつくる未来は、どんなだろう。

きっと素晴らしい未来のような気がする。【英】

ガンバレ日本人

2009/8/10 月曜日

白山地区は言わずと知れたスイカの産地。ここで面白い話を聞いた。

「四角いスイカを考え出したのはうちの親父なんですよ」

現在、四角とか三角とかハート型とかいろんなスイカが出回っているが

四角の始まりは、ここ白山地区だという。

「特許とっておけばよかったなあって」

と話すのは越前市曽原町の水野国宏さん。

 



 

商品にするわけではないが、今年も立派なスイカがなった。

水野さんは、春先はいろんな野菜の苗を栽培し出荷している。

何十万本という大量の苗のため、その時期は期間限定で人を雇う。

今年も、ハローワークを通して日本人を雇うことにした。30代男性。

ポットに土を入れたり、そのポットを運んだり。

単純だが、延々続く作業は「僕らでもキツイ」(水野さん)。

その日本人は連絡もなく3日で来なくなったという。

仕方なく、再び30代男性を新たに雇った。

今度は1日で来なくなった。やっぱり連絡なし。

「連絡ないって、どう思います?」

水野さんは思い出すだけで腹立たしげだ。

そこで今度は派遣切りにあったブラジル人を雇うことにした。

「かなりの冒険でした。外国人を雇うのは初めてだったので」

不安は裏切られた。彼は文句ひとつ言わず、もくもくと働いた。

「残業できないか」

とお願いすると

「ありがとうございます」

と頭を下げたという。

「ブラジル人はすげえなって。本当に驚きでした」

と水野さん。

ブラジル人には家庭があった。日本人は独身だった。

「その違いはあるかもしれないけど、それでも日本人にはがっかりしました」

水野さんは、来年もブラジル人を雇おうと考えている。

幼いとき、私たちは「日本人は世界で一番勤勉だ」

と教えられ、漠然とだがそれを誇りに思ったりしていた。

最近は違うのかもしれない。

少し寂しい気持ちになってしまいました。【英】